メモ

いいことを言っていると思う。
大切にしたい、ふたつとないもの、
ゆっくり考えよう。


・「ふたつとないもの」って言い方があって、つまり、いくつもあると思うなよってことなんだけど。

ぼくらは、ふだん、いくつもあるものに取り囲まれているので、そっちの感覚になれてしまっている。「使い捨て」というものがあるおかげで、いろんなことがずいぶん助かっていると思う。あやまってお皿を割ってしまった人だって、「また買えばいいさ」と言われたら救われる。同じものがいくつもあるおかげで、できることだってたくさんある。ものや情報をコピーして複製をつくれるおかげで、どれだけの可能性が広がったろうか。

ただ、なんでもかんでもがいくつもあるわけじゃない。「よく似ているけれど、それとこれはちがうね」というようなものが、とても魅力的に見える。そして、とても多くのものが、実は「ふたつとないもの」だということにも気づく。特に、人はそうだ。彼は、彼女は、そっくりさんがいようが、兄弟姉妹がいようが、「ふたりといない」ひとりずつだ。そのことは、とても不便なことで、そのことは、あまりにもじれったいことだ。でも、それはものすごく大事なことでもある。

そんなふうなことは、これまでにもよく考えてきた。とても観念的なことでもあるけれど、あの人この人の顔を想像すると、とても具体的なことだ。しかし、ふと気がついた。じぶんの目に見える「ふたつとないもの」について、こんなにいっぱい考えたり思ったりしてきたのに、じぶんの内側の「ふたつとないもの」を忘れていた。

ほんとうに、知っていたけれど、忘れていたように思う。ぼくも、あなたも、あの人もみんな同じだ。「いのちは、ひとつしかない」のだ。医学が進歩しようが治療に莫大な費用をかけられようが、「ひとつしかないいのち」が終ったら、終りなのだ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。毎日、ひとつしかないいのちが消えたり、生まれたり‥‥。