「武道的思考」を読んだ

今回読んだ本はこれ↓

武道的思考 (筑摩選書)

武道的思考 (筑摩選書)


中学の頃だったか、友人に薦められて「ためらいの倫理学」を読んだのが内田樹さんの本との初めての出会いでした。

その頃の自分には内容が難しくて・・・というよりは「国語の文章題をずっと読んでるような気分」に苛まれて読書を愉しめず途中で断念した記憶があります(笑

それが軽いトラウマとなって彼の著作とはしばらくご無沙汰だったのですが、最近大学生協でこの本と出会い、一目惚れして購入しました。

縁あって、武道の達人である宇城憲治師範に何度か直接ご指導いただいたことがあり、それ以来ずっと「武道的な生き方」に対する興味と憧れは常に持っていますが、まだまだ学びきれていないことばかりだったので、文章のプロが語る「武道」の本を読めば違う角度から理解が得られるのではないかと直感し、読むことにしました。



結論から言うと、得るものは相当多かったです。
これまでの自分の体験で何となく心に抱いていた「武道的」な考えが実に明快な筆致で書かれていて、「そうか!」と腑に落ちる経験を幾度となくしました。

まず、前書きに書かれていた武道の本質をついた文章がこれ。

武道の本旨は「人間の生きる知恵と力を高めること」であり、それに尽くされるからです。
でも、「生きる力」というのは他人と比べるものではありません。・・・(中略)・・・
比べてよいのは「昨日の自分」とだけです。

目先の相手に勝つ、というスポーツ的な目標の定め方が相対的上達志向だとすれば、まさに武道はその対極にあり、過去の自分を超え続けることに価値を見出す絶対上達志向の世界だと言える気がします。

絶対的な上達の世界だからこそ、終わりはなく、その分厳しさを伴いますが、夢のある世界。
それが武道的な生き方だと考えました。

本文内でも述べられていましたが、イチロー井上雄彦のような一流と呼ばれる職業人は、皆この世界に住んでいると思います。
周りの求める期待値を圧倒するパフォーマンスを発揮し続ける求道的な生き方は凡人の想像の及ぶところではなく、しかし激しく魅力的に映るものです。

「成長は人生最高のエンターテイメント」と知人が言っていましたが、究極の愉しみを味わうためにはそれに伴う苦しみや逃げたくなる苦しみも不可避なのでごく少数しかその世界に到達できないんだと思います。
自分も憧れこそあれど、まったくその世界に踏み込めていないのが現状です。


本書は、

第一章 武道とは何か?
第二章 武道家的心得
第三章 武道の心・技・体
第四章 武士のエートス
第五章 二十一世紀的海国兵談

と分けられており、それぞれの章に前述の軸、芯が通っています。




教えるというのは本質的に「おせっかい」なことである。私はそのときにそう思った。
教育というのは、「教わりたい」という人が来るのをじっと待っているものなのだ。

ハッとさせられた。
教わりたいと自発的に門を叩く弟子はどんどんその師匠からいろんなことを吸収し、成長するのだろうし、その点ですばらしいことだと思う一方、子供は親を選べない、ということに思いが至った。

自己形成において最も影響を与える期間を過ごす家庭の重要性に改めて気付いた。
そして、宇城先生がなぜ親子塾などを開いているのかが腑に落ちた気がした。
(むしろ親子塾では子供から親が謙虚さ、純粋さを学ぶことに主眼が置かれており、それを通じて結果として親の教育力が上がるのではないかと類推している。)


「同じルーティンの繰り返しをしていると、わずかな兆候の変化から、異常事態に気付くことができる」

読んでまたイチローを思い出した。パフォーマンスを最高に上げるために生活の無駄を極限まで排除した結果として彼の様々なルーティンが生まれたんだと思う。
自分が部活をしていたときも感じていたが、これは運動中に限らず日常にもっと組み込めることだと思ったので少しずつ習慣としていきたい。



最後に、少し長いけれども本当に心を打たれた文章を紹介したいと思う。
武道研究家、甲野さんの授業を紹介する項。授業方針として先生は生徒の点数をつけず、自己評価方式でサボろうが遅刻しようが自分で100点をつけられる、という文脈に続く文章だ。

ただし、と先生は笑いながら告知していた。
「そういうことをすると、あとで別のところで『税金』をきっちり取られることになるからね」
おっしゃる通りである。
他人の監視や査定を逃れることはできるが、自分が「成績をごまかすような小狡い人間だ」という自己認識からは逃れることができない。
つねづね申し上げていることだが、他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。高速道路が渋滞しているときに路肩を走るドライバーや、みんなが一列に並んで順番を待っているときに後ろから横入りする人は「そんなことをするのが自分だけ」であるときにもっとも多くの利益を得、「みんなが自分のようにふるまう」ときにアドバンテージを失うからである。
だから、彼らは「この世に自分のような人間ができるだけいないこと」を願うようになる。論理的には必ずそうなる。
その「呪い」はまっすぐ自分に向かう。
「私のような人間はこの世にいてはならない」という自分自身に対する呪いからはどんな人間も逃れることはできない。そのような人は死活的に重要な分岐点に至ったとき、無意識的に「自滅する」方のくじを引いてしまうのである。

読んでて鳥肌がたった。過去にいろんな人から言われたいろんな言葉が蘇り、腑に落ちた。
裏切らない身体をつくるためには、日頃から誠実に、正直に生きていかなければならないんだなぁ、と改めて痛感させられた。

世界の変化はますます加速し、何が真実だかよくわからない世の中だからこそ、絶対的な自分に対する自信を持てるようになりたい。
表面的に一過性の流行を追うのではなく、純粋に自分自身をもっと高めたい。
自分を変えて、新しい世界が見てみたい。

折れそうなとき、流されそうなとき、読み返したくなる本がまた一冊増えました。

以上。